きょうは、ここまで。

みつけたり、かんがえたりするブログ。

虚構としての映画

映画というのは、言ってしまえば虚構に過ぎない。役者が台本に従って演技しているのであって、そこで起こる事や発せられる言葉、表情は全てツクリモノだ。そして、映画を楽しむには、そういった舞台裏を意識せずに見ること、本当の出来事だと信じ、物語に入り込むことが必要だというのが通説だ。裏が見えると、冷めてしまうだろう。

 

つい先日、プロジェクトAという映画を見た。ジャッキー・チェンが主演の古いアクション映画だ。これは結構面白かったんだけど、プロジェクトAを見ている時、ふと僕は、映画に入り込んでいないことに気がついた。

 

この映画が楽しいのは、ジャッキー・チェンのことを本当の兵隊ではなく、それを演じる映画スターだと思っているからだ。本物の兵隊が命を投げ出してビルから飛び降りるのは当然かもしれないが、あのジャッキー・チェンが、生身の映画スターとして飛び降りる。そこにワイヤーはないし、ましてやCGでもない。そういう舞台裏を意識しているからこそ、この物語は虚構だと知っているからこそ、ハラハラ感が増している。

 

完璧な演技、完璧なCGによって、虚構の世界を現実として見せるのが映画の王道だろう。そしてそれは、ドキュメントとは対極にある考え方のはずだ。しかし、ジャッキー・チェンのアクション映画は、ある種のドキュメント性を帯びているように思える。本来は偽物のはずなのに、一周回ってガチになっている。

 

きょうは、ここまで。

 

ジャッキー・チェンは、NG集が本編。